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子どもとクリエイティブ①
「スタディと学び」

仁藤 安久

クリエイティブ教育や創造性を培っていくことについて、あれこれと考えていきます。まずは、第1回目として、創造力を引き出していくいちばん根源的なものとして何があるのか、考えたいと思います。

日本人はクリエイティブか?

2017年6月末にAdobe社が発表した「Gen Z in the Classroom: Creating the Future(教室でのZ世代:未来を作る)」という調査結果が話題になりました。

調査によると、12歳から18歳までの日本のZ世代は自分たちを「創造的」とは捉えておらず、自らを「創造的」と回答した生徒はわずか8%でした。この割合はグローバルの同世代(平均44%)に比べて著しく低い結果となりました。同様に、Z世代の生徒を「創造的」であると回答した日本の教師は2%に留まり、グローバル平均の27%を大きく下回る結果となりました。

出典:Adobe:アドビ、日本のZ世代に関する意識調査結果を発表

出典:Adobe:アドビ、日本のZ世代に関する意識調査結果を発表

 

この調査結果に対して、中村伊知哉さんがTweetを連投して危機感を露わにしたり…

 

これに対して、やまもといちろうさんがコメントしたり…

日本というのは文化的な差異もあって創造性は評価されてきておるわけですが、彼我の差というのはごく単純に「身の回りにもっと創造的な人間がいるので、相対的に見て自分は創造性がないのではないか」「まだまだです、自分は」と回答してしまう日本人のメンタリティによる部分が大きいと考えております。

(中略)

日本人は創造力が豊かだ、と海外から言われるのも、日本人の育ち方や文化が特殊だからです。で、その特殊な文化を持つ日本人と、世界標準の欧米人とでアンケート結果の傾向が異なるのは当たり前で、そこで「創造力がありますか」と尋ねると日本人が突出して「いやいや、私の想像力なんてまだまだですよ」って謙遜する回答が大多数になるというのは、まぎれもなく世界から見た日本は多様性の象徴であって、あれを見て「ヤバイ、日本人の創造性が危機に瀕している!」とびっくりするのは単なる馬鹿であることをぜひ知っておいていただきたいと願っております。

出典:BLOGOS:「自分は創造的ではない」と思うのに、海外から創造性を絶賛されてしまう日本人の気質問題

と話題になりました。

やまもといちろんさんが仰ることも一理あると思いますが、私自身はアドビの調査結果にかなりの危機感を覚えています

なぜなら、創造性の認識だけでなく、「将来何かを作る仕事をしている」と考える割合も低く(日本:43%、グローバル:平均78%)なっているからです。

さらには、「創造性が求められる仕事は一握り」(日本:69%、グローバル:平均24%)という結果も。逆もしかりで「創造性が求められる仕事や職業はたくさんある」という結果でも日本:31%、グローバル:平均76%という結果になっていました。

つまり、「創造的であること」は特別で限られた人のものであるし、そもそも自分はそういう能力もないと思っている若者が多いということです。

 

日本こそつくる人を増やさなければ

私が電通を退職して、刻キタルとして活動をはじめた理由として、「つくる」人を増やしたいと思ったことがあります。

モノでもいいし、サービスでもいいし、何かの作品でもいい。何かをつくり出す人たちを増やしていくことを、人生をかけて行うひとつのミッションにしたいと思ったのです。

大きな視点から言えば、これから生産人口がどんどん減っていく局面で、創造性やアイデアによるイノベーションや付加価値を高めていく必要があること。

小さな視点から言えば、電通時代に採用活動やインターンシップなど、学生と多く接しているなかで、本当は誰でもアイデアは簡単に出せるのに、アイデアというものから逃げている人たちが多いと実感したからです。

本当に「もったいない」と思いました。多くの人が、アイデアと聞くと「あれは、アーティストとかクリエイターのものだ」とか「自分はアイデア出すのが苦手だから」というアレルギーを持っているのです。(そういう人ほど、本当は面白い考え方を持っているのに・・・)

学校教育が創造性を殺している?

TEDで、伝説と言われているのがケン・ロビンソンの「学校教育は創造性を殺してしまっている」というものがあります。TEDの中で、これまでに一番視聴されている動画とも言われています。(19分ほどの動画ですので時間があるときに観てください)

現在の学校教育のシステムがいかに子どもたちの独自性を抑圧してしまっているか、という問題提議から、それをどう解決していくかを話しています。

「TEDに出るような世界のすべての知性をあわせても5年後の未来は想像できない」というところから、人間(子どもたち)が本来持っている創造性を伸ばしていくことが大切だと説いています。

 

創造性は人間誰もが持っているもの

ケン・ロビンソンと同じように、イタリアの幼児教育で有名なレッジョ・エミリアでは「子どもが本来もっている創造性を伸ばす」ことに力点が置かれています。

レッジョ・エミリア教育は 「子どもたちは100の言葉をもっている。そのうち99は大人によって搾取されている」という基本概念をベースに、子どもたちがもともと持っているものを引き出すことに力点がおかれています。

 

レッジョ・エミリア教育とねむの木学園の共通点

このレッジョ・エミリア教育の話を聞くたびに、私は、静岡県にあるねむの木学園のことを思い出します。(私の地元の近くにあるので、小さい頃からよく訪ねていました)

1968年に、日本で初めての肢体不自由児のための養護施設として、宮城まり子さんによって設立されたねむの木学園。「だめな子なんかひとりもいない」という理念のもと、生活教育・義務教育を受けられないこどもたちに、感性と感受性を大切にすることで集中力を養う教育をつづけています。絵画・音楽・茶道などにおいて大きな成果をあげ、子どもたちが書いた絵は、パリ市立近代美術館での美術展やエルメスのスカーフに起用されたりしています。いまは、ねむの木村として学園や卒業生などが運営するお店などが並んでいます。藤森照信さんが建てた美術館もとても素敵です。

 

ねむの木学園の教育=「教えない」

さて、そんなねむの木学園。ここの教育の根本は「教えない」ということなんです。

以下に引用する、ねむの木学園を創設したときの考え方こそ、クリエイティブ教育の根本だと思うのです。お時間あるときに学園のウェブサイトに全文が載っていますのでご覧ください。

海岸にかにがたくさんいるわけないのに、こどもから見せられた絵は、海と砂浜でした。砂浜に蟹がたくさん遊んでいました。

蟹をこの子は、みたことがない、すぐ感じました。「蟹ね、自分で書いたの?」きつい心の言葉でした。「ううん、先生が二つかいてくれて、これみたいにかきなさいっていたのよ」それは、素直な言葉でした。

私は、率直答えたこの、その頭をなぜてあげながら、いかり狂っていました。その蟹は足が六本でした。ハサミもありませんでした。目玉は少し出っぱって二つ、知恵がおくれているから、足も足りない、はさみも足りない知恵おくれのこは、数がわからないから、わざと、おくらしたのでしょうか?

「ちがうよ」言葉になりそうになったのを、ぐっとこらえました。

人間を尊重していない・・・お友達の谷内六郎さんに遊びに来てもらって、私たちは、放課後、美術クラブをつくりました。砂丘とカニなんて題をつけるから、束縛されるんです。自分の思ったまま、感じたまま、谷内さんも私も同じ意見でしたので、そばで別のことしながら絵をかく雰囲気をつくることにしました。二人とも、決して教えませんでした。

出典:ねむの木村 ねむの木学園:願い

ねむの木学園の子どもたちの絵は、こんなものになっています。

出典:ねむの木村 ねむの木学園

 

出典:ねむの木村 ねむの木学園

出典:ねむの木村 ねむの木学園

 

STUDYの原体験を

ねむの木学園の「教えないで、自分の熱中できるものを見つけて、徹底的に自分の目で見て、納得いくまで描いて…」というスタンスと共通するのが、レッジョ・エミリアの教育の「プロジェクト活動」です。これは1つのテーマを、子どもたちや保育士や大人たちが一緒になって掘り下げていく活動。数カ月から場合によっては、1年以上といった長期間になることもあるそうです。

展覧会の作品を作る場合、子どもたちが自分で作るのか、みんなで作るのか、ということを自分で決める。そして、「何を作るのか」「どのように作るのか」などを話し合いながら進めていきます。とにかく「探求」を大切にして、作り上げていくのです。

ねむの木学園とレッジョ・エミリア教育、この2つの共通点を考えていたら「study」という単語が頭に浮かんできました。

studyとは勉強とも訳しますが、研究といった意味合いも濃い言葉。少し調べてみると面白いことがわかりました。

studyの語源は、ラテン語のストゥディウム(studium)で、その意味は「情熱、熱意」や「何かのことに没頭する」とのこと。「遊びの反対語は何?」と聞いてみると「勉強」という答えが99%くらいで帰ってくるかと思いますが、実はそうではなさそうです。

子どもたちがもともと持っている探求するチカラを、きちんと伸ばしていくことが、クリエイティブ教育の出発としては大事になってくるんだと思います。

「教育」と「学び」

同じような話として、「教育」と「学び」についてはよく言われていることだと思います。英語で言うと「Education」と「Learning」。

「Learning」や「学び」に注目が集まっています。それは、教育という言葉に含まれる「教師→学習者」という一方通行的なイメージを払拭したい、ということだけではないようなんです。

MITメディアラボの中に「Life long kindergarten(生涯幼稚園)」という研究グループがあります。特に、創造的な学習として,幼稚園での体験が大事として注目されています。幼稚園児は「はじめて出会ったものに対し、まずあれこれと頭で考え、作り、そして遊ぶ。ほかの子どもたちと共有して、またそこで考える」というサイクルの中で多くのことを学ぶ。そのサイクルと、生涯つづけるにはどのようにすればいいのか、研究がすすめられているといいます。

没頭するから、学びつづける。夢中になるから、追求しつづける。

このあたりについて、また次回、掘り下げていければと思います。

仁藤 安久
YASUHISA NITO
1979年、静岡県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科にて文化人類学・地域づくり・ネットワークコミュニティ論を専攻した後、2004年電通入社。ロンドン五輪、ブラジルW杯、三越伊勢丹、森ビル、ノーリツ、西武鉄道などのクリエーティブ業務を担当。近年は、新規施設開発、新商品開発やUI設計、顧客サービス、街づくりなどへの、広告クリエーティブの応用を積極的に実践している。クリエイティブユニット「汐留イノベーションスタジオ(SIS)」にて、サービスアプリケーションや教育メソッドを開発。電通サマーインターン座長、新卒採用の戦略にも携わる。